「“サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ”って、なんで3回言うの?」
そんな素朴な疑問にやさしく答えるのが今回です。
この言葉には、視聴者への思いやりや映画への深い愛情が込められていて
昭和のテレビ文化を象徴する代名詞でもあります。
家族で観た日曜洋画劇場の思い出や語り口の魅力、癒しの余韻まで、5つの理由に分けてご紹介します。
懐かしさと温かさを感じるひとときを、ぜひ一緒に味わってください。
理由1・3回繰り返す「サヨナラ」は視聴者への優しい余韻づくり

決め台詞「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」が3回繰り返されるのは、視聴者へのやさしい余韻づくりのため。
感情の整理と映画の終わりを穏やかに受け止められるようにする“語りの技術”です。
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」——この言葉を聞くと、なんだか胸がじんわりするんです。
映画評論家・淀川長治さんの決め台詞は3回繰り返すことで、テンポが整い
感情の波がゆっくり落ち着いていく。
まるで映画の余韻を大切に包み込むような、そんな語り方なんです。
しかも、最後の決め台詞「サヨナラ」の前には、少しだけ“ため”が入ることも多かったそうで
それがまた心に残るんですよね。
このリズムがあるからこそ、視聴者は「終わったんだな」と自然に受け止められる。
急に切られるんじゃなくて、やさしく見送られるような感覚。
これは、長年テレビの前で映画を観てきた私たちにとって、安心できる“終わり方”だったと思います。
実際、淀川さんは中学生の視聴者から「サヨナラの回数で友達と賭けをしている」
と聞いたことがきっかけで、以後は必ず3回と決めたそうです。
そんなエピソードからも、彼の誠実さと視聴者への気遣いが伝わってきますよね。
映画って、観終わったあとに余韻が残るもの。
その余韻を壊さず、むしろ引き立ててくれるのが
決め台詞「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」だったんだなって、今になってしみじみ思います。
昭和のテレビ文化の中で育った私たちにとって、あの言葉はただの挨拶じゃなくて
心に残る“やさしい別れ”だったんです。
理由2・決め台詞には淀川長治の人柄と映画愛がにじんでいる

「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」という淀川長治さんの決め台詞には、彼の誠実で温かな人柄と
映画を心から愛する気持ちがにじんでいました。
30年以上にわたって『日曜洋画劇場』の解説を務めた淀川さんは
いつも柔らかい口調で映画の魅力を伝え、最後にこの決め台詞で番組を締めくくっていました。
その三回の決め台詞「サヨナラ」には、単なる別れの挨拶以上の思いが込められていたそうです。
あるインタビューで淀川さんは「お父さん、サヨナラ。お母さん、サヨナラ。子どもたち、サヨナラ」と語り
画面の向こうの家族に優しく語りかけるような気持ちでこの言葉を選んでいたといいます。
その語り口には、どんな映画にも真摯に向き合う誠実さと、人の心を包み込むような温かさがありました。
淀川さんは「映画は人間を知るためのもの」「国と国の垣根をなくすもの」と話していて
映画をただの娯楽ではなく“人生の一部”として見つめていた人でした。
だからこそ、彼の「サヨナラ」は、映画という旅の終わりを告げながらも
「また次の物語で会いましょう」という希望を含んだ言葉だったのです。
視聴者にとってもその決め台詞は、毎週変わらない安心の合図でした。
理由3・昭和のテレビ文化において「サヨナラ」は家族団らんの象徴だった

「週末の夜、家族みんなで並んでテレビの前に座って、『日曜洋画劇場』が始まると
なんだか “今日もみんなで映画のひとときを共有してるなあ” という安心感が広がったものです。
実際にこの番組は1966年から2017年まで続いた長寿番組で
テレビで洋画を気軽に楽しむ文化の一翼を担っていました。
その中で、淀川長治さんの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」という決め台詞は
ただ番組を終えるための言葉ではなく
昭和のテレビ文化において“家族団らん”を象徴する大切な瞬間となっていたのです。
普段はバタバタと子どもたちに夕食をせがまれ、旦那さんの帰宅を気にしながらも
テレビの前でみんな静かに映画が終わるのを待つあの時間。
淀川さんの優しい語り口と三度の決め台詞「サヨナラ」が、映画が終わったという合図であると同時に
家族でひと息ついて「今週もお疲れさま」「また来週も映画を観ようね」
という無言の約束になっていたように感じます。
視聴者は「この声を聞いたら、映画の時間が終わったな」と安心してテレビを消し
翌日からの忙しい日常へと戻る準備ができたのでした。
理由4・SNSで再注目される理由は“語りの美学”とレトロブーム

「“サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…”という決め台詞がここで再び注目されているのは
単なる懐かしさではなく、語りの美学として
そしてレトロブームの波に乗って若い世代にも響いているからです。
例えば、淀川長治さんが出演していた番組やCMの映像が
X(旧Twitter)やInstagramで引用・拡散され、「どの瞬間にも言葉の余韻がある」
といったコメントが数多く見られます。
実際、2014年には動画配信サービスのCMにて、亡くなった後にも関わらず淀川さんがCGで起用され
懐かしさを誘う演出に対して「懐かしくてなんかあったかい気持ちになる」とツイートされていました。
さらに、“言葉の余韻”という点では、三度繰り返される「サヨナラ」という決め台詞が
瞬間的な別れ以上の余韻を視聴者に残していて、いまの“推し活世代”にも
「この言い回し、なんか刺さる」という共感につながっています。
実際、インスタグラムの投稿には決め台詞「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」で締めた作品へのタグ付けや
引用画像が散見され、「昭和のあの声がデジタルに蘇る」といった声も。
つまり、SNSで再注目されている理由は、“語りの美学”としての淀川さんの言葉の余韻と、
“昭和レトロ”が若い世代にもクールに受け入れられる時代背景の両輪があるからこそ。
私たち家庭で画面を囲んで育った世代も、今の若い人たちも
信頼できる“映画のおじさん”的存在感―に、時代を超えて惹かれているのだと感じます。
理由5・「サヨナラ」は映画と人をつなぐ“感謝の言葉”だった

決め台詞「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」という言葉には、単なる番組の結びではなく
映画への敬意と視聴者への深い感謝が静かに込められていたのです。
映画評論家 淀川長治さんは、1966年から約32年にわたってテレビ番組 日曜洋画劇場 の解説を務め
番組の最後に必ずこの決め台詞を口にすることで全国のお茶の間に強い印象を残しました。
その決め台詞は、映画というひとときの旅を終えた後、静かに画面の向こうの「あなた」へ“ありがとう”
と伝えるためのものだったのです。
淀川長治さんは、どんな作品でも「必ずひとつ良いところがある」と語り
視聴者一人ひとりが映画を楽しめるよう丁寧な語り口を心がけていました。
だからこそ、あの淀川長治さんの「サヨナラ」は別れの言葉ではなく、映画と人とをつなぐ“感謝の言葉”として
多くの人の記憶に残り続けているのだと思います。
まとめ|淀川長治の決め台詞「サヨナラ サヨナラ サヨナラ」が心に残る5つの理由
この決め台詞には、視聴者へのやさしい余韻づくり、誠実で温かな語り口、映画への深い愛情、昭和の家族団らんを彩ったテレビ文化
そして視聴者との信頼関係が込められています。
単なる別れの言葉ではなく、映画と人をつなぐ“感謝”のメッセージとして
今も多くの人の心に残り続けているのです。


